「大人にとって何気ないこと」が、子どもの心には一生残る|還暦祝いで父に教えられたこと

父の還暦祝いでのこと

先日、父の還暦祝いの席で、昔の話になりました。僕が子どもの頃、父とよくキャッチボールをしたことを話したんです。

そうしたら、父は意外そうな顔をしていました。覚えていない、というより、「そんなに大したことだったっけ」というような表情でした。

正直、少し驚きました。僕にとっては、はっきり覚えている大事な思い出だったからです。でも父にとっては、たぶん数えきれないほどある「なんでもない休日の一コマ」のひとつだったんだと思います。

大人にとって何気ないことが、子どもの心には残る

この出来事があってから、ずっと考えています。

大人にとって何気ない瞬間が、子どもの心にはずっと残っているんじゃないか。

僕たち親は、毎日のことに追われています。仕事があって、家事があって、やることリストは尽きません。だから、子どもと一緒に過ごす時間の一つひとつを、いちいち覚えていられない。それは当たり前のことだと思います。

でも子どもにとっては違う。何気ない休日にキャッチボールをした、一緒に絵本を読んだ、それだけのことが、何十年も先まで残る記憶になるかもしれない。それを、父の意外そうな顔を見て思い知らされました。

子どもと大人で、時間の流れ方が違う

これは、子どもの頃の時間の感覚を思い出すと分かる気がします。

子どもの1日は長い。1ヶ月はもっと長い。1年なんて、途方もなく長く感じていました。

それが大人になると、1日はあっという間で、1年は気づけば終わっています。同じ「1年」という長さのはずなのに、感じ方がまったく違う。

だから、僕たち大人が「たいしたことない一日」だと思っていても、うちの6歳と3歳にとっては、その日は人生のかなりの割合を占める、長くて濃い時間なんだと思います。そう考えると、何気ない日常への向き合い方が、少し変わってきます。

「ご飯食べさせて」「抱っこして」の話

うちの子たちは、もう自分でご飯を食べられる年齢です。それでも時々「食べさせて」と言ってきます。抱っこも同じで、自分で歩けるのに「抱っこして」と甘えてくる。

正直、忙しいときはちょっと面倒に思うこともあります。でも最近は、これって子どもにとって大事な”甘え”であると同時に、僕たち親にとっても大事な”甘やかし”なんじゃないかと思うようになりました。

子どもは、自分でできることをあえて頼むことで、「甘えていい」という安心を確かめているんだと思います。そして親のほうも、その甘えを受け止めることで、子どもとのつながりを確かめている。どちらか一方の都合じゃなくて、たぶん両方にとって必要な時間なんだと思います。

きれいごとだけじゃない、というのも正直に

ここまで、少しいい話のように書きましたが、正直に言います。

体力が追いつかないことは普通にあります。イライラすることも普通にあります。

現場仕事から帰って、子どもと向き合う体力が残っていない日もある。分かっていても、つい強い言い方をしてしまうこともある。

自分では「ムキにならないように」と気をつけてはいるつもりです。それでも、イライラしてしまうことはあります(笑)。共働きなので、妻と協力しながらやっていますが、それでも大変な日は大変です。きれいごとだけで乗り切れるほど、育児は甘くないな、というのが実感です。

それでも思うこと

しんどいし、腹が立つこともある。それは本当です。

でも同じくらい、子どもたちは笑わせてもくれるし、可愛いところもたくさん見せてくれます。忙しいと、つい子どもに指示ばかりしてしまう自分がいますが、子どもには子どもなりにやりたいことがある。それを思い出させてくれるのも、また子どもたちです。

喜怒哀楽、全部ひっくるめて育児を経験して、それを楽しめたら、それはラッキーなことなんじゃないか。最近はそんなふうに思っています。

これからの楽しみ

もう少し子どもたちが大きくなると、「自分が知らなかった世界」を子どもたちが見せてくれるようになる、とよく聞きます。

まだ僕はその手前にいますが、それを楽しみにしながら、これからも人生を楽しんでいきたいと思っています。

同じように育児で悩んだり、イライラしたり、それでも可愛くてたまらなかったり——そんな日々を過ごしている人に、少しでも「わかる」と思ってもらえたら嬉しいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました